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「音環境」への高い要求はますます上がり続ける

「音環境」への高い要求はますます上がり続ける

日本大学 理工学部建築学科
井上勝夫 教授
1069号 (2013/04/23発行) 10~11面
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日本大学 理工学部建築学科 井上勝夫 教授

日本大学 理工学部建築学科 井上勝夫 教授


1950年埼玉県生まれ。1973年日本大学理工学部建築学科卒業、1976年日本大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。1999年日本大学教授。工学博士、一級建築士。1989年日本建築学会・奨励賞(論文)受賞、1990年日本大学理工学部・学術賞受賞、2000年日本建築学会・学会賞(論文)受賞。

◆スペシャルインタビュー◆

 住環境における「音」の問題は、建材、技術の進展と啓蒙努力で改善されてきたが、今なお主要なクレーム対象の1つだ。音環境をめぐる問題と解決策について、住宅性能表示制度で音環境のガイドライン策定に携わった中心人物である、日本大学・建築音響研究室の井上勝夫教授にお話を伺った。

≪ 聞き手:本紙社長 加覧光次郎 ≫

昭和54年に作られた遮音性能基準と設計指針

  ―――現在の日本の住宅における「音」の問題にはどんなものがありますか。
 住宅トラブルの相談を受ける「住宅リフォーム・紛争処理支援センター」には、年間1万から1万5千件の電話相談があるんですが、そのうち音問題で多いのは、共同住宅での上階の床衝撃音に関する相談です。床衝撃音は、衝撃源によって「軽量床衝撃音」「重量床衝撃音」に分かれます。軽量床衝撃音は床の上に物が落ちたときの音。床の仕上材を変えれば比較的簡単に解消できるんですね。

  ―――簡単に言えばフローリングを絨毯にしてしまえばいいんですね。
 はい。問題は重量床衝撃音です。
これはどすどすと歩く音のように、重く響く音で、仕上材ではなく、構造に依存しています。この場合、構造とは主に床のスラブを指します。スラブを厚くすれば解消できますが、リフォームでスラブ厚を上げるのは容易ではない。

  ―――共同住宅の騒音問題は、昭和40年ころから表面化してきたものでしょうか。
 昭和30年代の後半あたりから、音の面からみると床の厚さが十分でない共同住宅が多く作られ供給されました。そこに住み始めて「この状態は何だ」となって、昭和40年代後半から50年代にかけて、問題化してきたわけです。日本住宅公団(現再生機構)では、コンクリート厚12センチくらいの床厚で作っていて、構造的にはこれで満足だったようですが、音響性能的には不足だったようです。聴覚系は非常に敏感で厳しい。

  ―――ちょっとの床振動が騒音になるということでしょうか。
 それで建築学会が、建築の遮音性能の水準を高めてゆくために出版したのが昭和54年の『建築物の遮音性能基準と設計指針』、通称"赤本"です。音響性能をしっかり意識し、建築の設計施工の人たちに呼びかけて、統一的に遮音性能の向上を全国に普及したんです。

 ―――やっぱり床のスラブを厚く重くしたのですね。 
 しかし、当時は耐震性の面から、逆に床は軽量化の方向に大きく傾いていましたから、床を厚くして重くするのは時代に逆行しているという声もあったようです。でもそうは言っても、日常生活の中で音の影響は非常に大きい。下階の人は騒音に悩まされますし、上階の人は今どこにいる、歩いている、お風呂にいる、などプライバシーが筒抜けになってしまいます。上下階の音は、どちらも困るんですね。

公団はスラブ厚20センチの基準出す

 ―――しかし結局、これは法制化されませんでしたね。隣接住戸との界壁は建築基準法30条で定められていますが、なぜ上下階の音問題は法で規制できなかったのでしょうか。
 建築基準法改正の際には、床衝撃音の問題も取り上げられたようですが、結局実現されませんでした。それは、床の性能を左右するパラメーターがあまりにも多すぎるためです。周辺の拘束状況、スラブの固有振動数、梁の位置・構造・その下の壁の状況など、あまりに複雑な規定になってしまう。とても確認検査が複雑になってしまいます。

 ―――その後、品確法では音環境が再び取り上げられました。
 それだけに、品確法ができて性能表示制度を柱にしたいとなったときは、よし、今度はできるぞと意気込んで、音環境に関する項目の整備に協力させていただきました。しかし、やはり条件が多すぎて表示する業者には使いにくくなってしまいました。結果的に音環境は、選択項目になってしまったんです。音環境というのは、断熱や換気と違って、住めばすぐ分かる。表示性能を達成しているかどうか、非常に厳しく評価される。しかし、数値がはっきり出てくるところは紛争解決には効果的です。

 ―――それでも、実際にはスラブ厚は厚くなってきているんですね。
 12センチでも構造上問題はないし、今もなお12センチで作られているものもあるでしょうが、それでは上下階の音問題は出ます。それで公団仕様がリードする形で、15センチ、18センチと厚くなり、最近では20センチ厚が多くなりました。かつては均質の単板スラブでしたが、ボイドスラブという、中空で剛性の高い形状のスラブも使われるようになりました。重量床衝撃音を防ぐには、床の振動を防ぐ設計をすればいい。そのためには重くするか剛性を上げるかです。重さと剛性は振動に対して等価に作用するので、剛性が高いボイドスラブは、高い効果が期待でき、現在は非常に多く使われています。

 ―――何年築のものから、高い音響性能を持っているか、目安はありますか。
 1つには公団の歴史が、そのパラメーターになるのではないかと思います。平成9年ころから均質単板スラブ厚20センチという設計基準を出しましたから。全国すべての共同住宅がそうではありませんが、しっかりしたいい建築会社ならこの動きに追随しています。

騒音に対する不満は解消されていない

 ―――法制化はされなかったが、音響性能は少しずつ向上してきています。共同住宅の上下階の騒音問題も、減少してきているでしょうか。
 それが減っていないんですよ。私の研究室では、およそ15年に1度、住空間に対する居住者意識調査をしていますが、実は音環境だけ
悪い。この調査は、性能表示の10項目で調べています(左上グラフ参照)。5年前に今回の調査を行いましたが、音環境だけ評価が低いんです。1999年以前に竣工した建物ではバリアフリー・音環境に不満を持つ人が40〜50%、温熱環境、空気環境でも30〜40%不満を持つ人がいた。しかし、2000年以降になると、満足度が上がって温熱や空気をはじめ高齢者、防犯などほとんどの項目で不満を持つ人がいた。しかし、2000年以降の竣工建物になると、満足度が上がって温熱や空気をはじめ高齢者、防犯などほとんどの項目で80〜90%以上が「満足」と回答しているのに、音環境だけ低くて70%以下。空間性能としてバランスが悪い状態です。

 ―――原因は何だと思われますか。
 まず建築物の音環境性能の向上に対する変化率が低いということ。もうちょっと性能を高める必要があります。しかし、一番は居住者の意識が高まり、要求が高くなっていることだと思います。昭和30年代のマンションは音響性能的にはかなり低かったが、あまり問題にはならなかった。音の問題というのは、熱、光、空気、といった住環境要因の中で、他の性能が満足された後、最後に出てくる要因なんです。

 ―――「満足していない」人々が受けている影響とは、どんなものと考えられますか。
 音の影響には、直接影響と間接影響があります。直接影響は、テレビを見ていて聞こえない、会話が聞こえない、そういったもの。対して間接影響は、うるさい、わずらわしい、のように精神的・心理的影響を指します。ジェット機のような大きな音が出たらそれはそれで影響ありますが、それは家の中ではない。むしろ聞こえるか聞こえないかの小さな音に、いらいらしたり気が散ったりとなります。身体的にも眠れない、休めない、仕事・勉強に差し支える。これも間接的な影響です。訴訟事件をみても、胃腸を壊した、耳鳴りがするといった身体的妨害まで理由として書かれているものもあります。

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