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空き家改修レポート
地方自治体と協力し、全国を飛び回って空き家改修・地域活性に取り組む学生がいる。芝浦工業大学の学生によって組織される「空き家改修プロジェクト」だ。これまで静岡・徳島等を始めとする4地域6物件で活動を展開している。静岡県東伊豆町稲取で進行中・改修済の2つのプロジェクトについて取材すべく、現地を訪れた。
用途多様な待合所 経済効果期待も
伊豆稲取駅は、熱海から伊豆諸島の数々を臨むことができるJR伊東線を1時間ほど乗り継ぐと到着する。周辺には稲取温泉と呼ばれる温泉街もあることから、観光客の歩く様子ちらほらと確認できる。
伊豆稲取は太平洋沿いの町であり、漁業も盛ん。駅から歩くとすぐに海沿いとなり、どこからともなく潮の香りが漂ってくるのが特徴的だ。そんな伊豆稲取駅から徒歩10分ほどで、彼らが現在プロジェクトを進行中の「東海汽船稲取代理店」に到着した。
▲写真:ペンキが塗られた室内。
まだペンキの香りが漂っていた
稲取と大島を結ぶ連絡船、東海汽船。目の前の港から発着するこの船を待つ人達に対し、待合所を作ろうというのが現在進行中のプロジェクトだ。施設内を、団体の副代表を務める芝浦工業大学修士2年の長谷川由佳さんに案内してもらった。
まず到着すると目に入ったのが、ペンキがびっしり塗られた床だ。待合所は1階と2階に分かれており、1階の奥がチケット売り場、手前が待合所になる予定だという。
2階に進もうとしたところ壁掛けの棚を発見。この棚に置いてあるインテリアも、彼らのアイディア。棚は自作した。
「待合所内に元々あったタイルはすべて剥がしました。階段は、タイルを剥がしただけでいい感じになったので、このまま手を加えず使うことにしました。」(芝浦工大・長谷川さん)
自らの手で新しく作り上げる空間と、元々あった特徴を活かした空間のミックス。待合所は、新しさと懐かしさを兼ね揃えた見た目に仕上がっている。
2階に進むと目に飛び込んできたのは、すべて彼らの手で解体されたという天井と、そこに貼られた新しい板。解体だけで半年もかかったのだという。
「大変でしたが、町の人から工具を貸してもらったり、大工経験のある人に手伝ってもらったりと、地域住民との交流もありました」(同氏)
施設内には町の資料館から使わなくなったものを寄付してもらうこともある。この棚は、資料館で使われなくなった図書カードが入ってきた棚で、活用法を検討している。
2階の用途はものづくりのシェアオフィス。ここでものづくり講座を開いたり、ハンドメイド品を販売したりと様々な事業が行われる予定だ。町への経済効果も期待される。
▲写真:かつて図書館で使われていた棚。
地域からの協力も多い
屋上からは、太平洋と山々を同時に見渡すことができる。ここには柵をつけて、ビアガーデンとして開放することも検討しているという。待合所、シェアオフィス、ビアガーデン。長谷川さんは、充実した複合型施設として、今後住民の憩いの場となっていくことに期待している。
▲写真:稲取は海と山が一望できる、自然豊かな町だ
板1ミリ単位のこだわり 町に馴染んだ学生達
「この施設で一番のこだわったところはどこですか?」
質問の主は、フィールドワークに来ていた静岡大学の学生。地域創造学環に所属する彼らは静岡県内の地方創生プロジェクトを選んで回り、授業の一環としてフィールドワークを行っているとのこと。
間髪入れず、案内役の1人が目を輝かせ、「ここです!!」と壁のそばにある板がしき詰まった床を指差した。熱の入った説明が始まった。
聞けば"微調整"にとことんこだわっていたという改修プロジェクトチーム。
柱は真っ直ぐになっているか、板を敷き詰めた時に隙間ができていないか...。壁や床に寸分の隙間も許さない彼らは、隙間を埋めることへのこだわりを、時間をかけて熱く語ってくれた。
素人目には気づかない数ミリ単位の調整にこだわり、少しでも使用する人にとって快適な空間を提供しようとする。既に職人さながらのこだわりが学生達には存分に備わっていた。
このように精力的に活動する空き家改修プロジェクトが作られたのは、今から5年前の2013年。
当時ここ東伊豆町でまちづくりインターンを行っていたOBの1人が、実際に改築を行ってみないかと町に誘われたのがきっかけだった。やがて後述の第六キッチン改修の依頼など、各地から問い合わせが来るようになった。
団体の規模は年々拡大し、学部・院生合わせて現在50人以上のメンバーを抱えている。以前と比べて女性の割合も高くなった。今回稲取には15人ほどが来ていた。
学部の学びを超えて実践の場で建築に携われることは、学生達にとって貴重な経験となっている。
「設計図でなんとなくのイメージが掴めても、実際板を打ち込んでみると予期していなかった隙間が現れる、ということはざらにあります。そこには何回も修正を重ね、微調整をしています」(同氏)
余った木材で家具やコースターを即興で作ることもある。
予算と相談しながら、試行錯誤が要求されるプロジェクトを、学生達は生き生きとした表情を見せながらこなしていた。この日の作業は9時から17時まで行われた。
▲写真:手作りのゴミ箱。
駅に置いてあるようなものと比較しても遜色ない
「完成は今年の10月くらいを見込んでいます。12月にプレオープンイベントを行う予定です。2月には大島との連絡線運行期間に入るので、イベントをもう1回開催したいと考えています。」(同氏)
町に刺激、地元住民との交流も
同団体の作業には、地域住民の関心も深い。作業中も、外のベンチでは近所の住民が談笑する姿が見られた。聞けばこのベンチもプロジェクトの中で作ったのだという。
▲写真:手作りのベンチ。
取材をした日も、住民が談笑する姿がしばしば見られた
「今日帰るんだよね、気をつけて!」
年配の女性が彼らに労いの声をかけた。喋ったことのない人から声をかけられることも珍しくないのだとか。そのくらい、地域住民にとって空き家改修プロジェクトは目立つ存在となっていた。
「プロジェクトを行っている施設のすぐ裏の家の住民さんなんかは、私達の活動がハイキャット(地元メディア)に取り上げられた際に、ブルーレイに焼き付けて配ってくださったり、家の壁が剥がれちゃった時には私達が釘を打ちに行ったりと、いつも楽しく交流させていただいてます。この町には大学がないため、大学生になると皆外に行っちゃって、若い人が少ないということもあって、珍しいというのもあると思います(笑)」(長谷川さん)
「僕が初めて彼らを見た時、この学生たちは何をしに稲取まで来てるんだろうなって思って、声をかけてみた。聞けばすごいプロジェクトをしてるんだなあと思ったけど、同時に風呂どうしてんだろうなあと気になっちゃって。それから、風呂を貸すことにしたんだよ」
そう話すのは、近所で民宿を営む中山さん。稲取を訪れるメンバー全員に、民宿の風呂を無償で提供している。
「この子たちの活動は、町にすごい刺激を与えてくれてると思う。地元に馴染んでるし。作業が終わっちゃった後いなくなっちゃうんだと思うと、寂しいなあ」
そう寂しそうな表情で話す中山さんたち地域住民にとって、学生たちはつい気に留めてしまう孫のような存在になりつつある。
「本当に毎回楽しみにしているよ。『今日は飲める?』なんて毎回聞いてるよ。長谷川さん飲めるから(笑)。
ビアガーデンができたら、一緒に飲むなんていいねえ。この後も、2階で仕事してるから、勝手に1階の風呂使って!」
▲団体副代表の長谷川さん
OBOGが管理
年間稼働250日以上のシェアキッチン
なぜ彼らは稲取の住民に、ここまで受け入れらられているのか。
そのきっかけとなったプロジェクトがある。東海汽船稲取代理店から10分ほど歩いたところにある「第六キッチン」だ。
NPO法人ローカルデザインネットワーク副代表の、菊地純平さんに案内していただいた。
▲綺麗に整理されたキッチン。窓からは海が臨める
もともと単なる消防団の器具置き場だったというこの場所は、シェアキッチン付きのレンタルスペースとして、現在運用中だ。管理を行っているNPOのメンバーは、ほとんどが空き家改修プロジェクトのOBOGだ。
「設立メンバーは10名くらいだったのですが、この時は全員が空き家改修プロジェクトのOBOGでした。完成した後に、引き続き管理をやりたいという有志を募ったのが、始めたきっかけです。2016年11月に設立したので、第六キッチンが完成してちょうど半年後くらいですね。」(菊地さん)
メンバーには地域おこし協力隊として、地域の方の姿も。
「現在、1日単位でも貸し出しています。週1でカフェを経営している方がいたり、市場を開催したりと、様々な用途で活用されています」(同氏)
驚くべきはその稼働率。月の半分以上は予約で埋まっており、2017年の1年間で250日以上は稼働していたのだという。住民にとって身近なイベントスペースとしての地位を確立している。
「まだ改修をしていた頃には、町の方々にもたくさん助けていただきました。元々は入口についているサッシすらもなかったので、入り口から何まで作りました」(同氏)
菊地さんによれば今後、まだまだ使用用途を拡大していく予定だという。
「シェアキッチンに限らず、本当に色々な使い方をしていただきたいので、プロジェクターをつけて映画を観れるようにしたり、スポーツバーにしてみたり、壇を置いてステージにしたり、冬にはコタツを置いてみたりと、様々な構想を練っています。市場、食堂、酒場、劇場なんでもできるような場所にしていく予定です」(同氏)
東海汽船稲取代理店同様の、常に新しい試みを行う姿勢。こうした空き家改修プロジェクトのDNAは、このNPOを立ち上げた世代からずっと受け継がれているようだ。
「現在は、他に仕事をしながら週末に来る、といった関わり方がメインです。この場合、東京でも稲取の情報を発信することができるので、東京から稲取に来る人を生み出すきっかけにもなります。単に地元密着で終わらないのがポイントです。今後は、地域に関わってくれる密度の濃い人をどんどん増やしていきたいなと考えています。移住なんかはなかなか気軽に行えないと思うので、観光と移住のちょうど中間くらいの、二拠点居住的なことを通して、町を発展させていくことができればなと思っています」(同氏)
稲取で始まった1つの小さな改修プロジェクト。やがてプロジェクトに共感した住民が次々と手伝うようになり、空き家改修プロジェクトは町が賑わう原動力となった。
潮の香り漂う町、稲取。様々な地方都市が少子高齢化問題を抱え明るいニュースが少なくなっている今、彼ら空き家改修プロジェクトが行う草の根的活動は、将来の地方創生へ向けた大きなヒントとなる可能性を孕んでいる。
▲静岡大学の学生と、菊地さん。

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