明海大学 不動産学部
学部長 中城 康彦教授
日本で唯一、不動産学部がある明海大学。学部長の中城康彦教授は、国の「中古住宅流通」に関する委員会で座長を務めるなど、不動産研究の第1人者。中城教授は中古流通を活性化させていくには「住宅も人間と同じ、リフォームやメンテナンスを重ね、だんだんと本物にしていくことが大切」と話す。欧米の既存住宅の再生事例や評価方法について話を聞いた。(聞き手/本紙社長・加覧光次郎)
家を建ててからが始まり
「中古住宅の価値はつくられる、つくれる、つくるものである」と、中城氏は話す。日本に比べて中古住宅の流通量が多い米英では、古い住宅を壊さず、いかにして残すのかに知恵が絞られる(写真参照)。古びた内外装は現代的に再生され、役目を終えた建物は用途転換して使う。米英では既存住宅の価値をリフォームでつくっていくことが当たり前。同氏はこの考え方がストック住宅流通の本質と話す。
―――日本では新築を建てて20年も経てば、「建物の価値はゼロ」「古くなったら建て替える」という考え方が一般常識になっています。リフォームもそう簡単にしません。しかし、米英では古いものを直して、できるだけ長く使うという考え方が当然なのですね。
住宅も人間と同じでだんだんと本物にしていく、なっていくことが大事です。日本では今まで、生まれた時が一番いいという話でしたが、それは「新しい」というだけであって、モノとして完成したわけではなく、それはスタートです。新しいモノを取り込んで本物になっていくということが大事。人間も生まれて、いろいろ勉強したり、経験したりして、立派になっていきます。生まれた赤ちゃんの時が一番、というのは見当違いですよね。
―――建てて古くなったら壊す、ではなく、建てたものを価値あるものにしていくことが重要です。
例えば、収益物件をイメージしてもらうと良いかもしれません。賃貸物件が古くなって借り手が付かなくなったらどうするか。そのままほっておけば、空室率が20%、30%となっていきます。そこで重要なのは、これは本物だという要素をリフォームによって1つでも2つでも積み重ねていくこと。例えば最初、壁はペンキとクロスだったけれども、木や石の建材が加わってくるようなイメージです。部屋の広さは変わらないですが、重厚感のある空間に変わっていきます。
―――古くてもリフォームによって魅力を高めていれば、借りたいという人が出てくるはずです。アメリカでは新築を買ったときが一番性能が低くて、むしろ中古住宅の方が性能が高いと聞きます。それは家を買ってからリフォームを積み重ねていくので、よりよい設備や建材を導入し「本物」にしていくため。だから中古の方が性能が高いと。
新築を建てる時はイニシャルコストが大きくかかるので最低限の仕様にとどめておき、リフォームでだんだん本物にしていくんです。人間で言うと、年はとってきたけど、その分良くなってきたよね、ということと同じ。そういうものが住宅にも当然あるわけです。
―――米英では中古住宅を買うことに対して、それほど抵抗がないようですね。日本人は新築が好きで、中古住宅に関心を持つ人はまだまだ少ない。中古住宅に対する認識について、米英と日本ではどのような点が異なるのでしょうか。
1つ、その違いを上げるとすれば、イギリスやアメリカは中古に対する信頼感があります。わりとよく言われるのが、何年も家を使っているから悪いところが出尽くしている、という理由。例えば雨漏り、シロアリ、腐朽といったものがあったのか、なかったのかが分かる。さらに、もっと長いスパンで言うと、水害や地盤沈下などの災害が、この物件が建っているエリアにあったのかなかったのか分かる。建物単体の信頼感があり、そしてエリアの安全ということも分かるわけです。それと、古い家なので2つと同じものがないということも価値と考える。時間に対する敬意があるんです。
倉庫だった建物を分譲マンションにコンバージョンした事例。過去に使われていたクレーンがそのまま残されており、その希少性が価値となっている。(英国・ロンドン、中城康彦教授撮影)
"エフェクティブエイジ"という評価
―――リフォームしたら、それが建物の資産価値としてどれだけ評価されるのか。その判断は難しいです。
これについてはいろいろな問題が重なり合っています。しかし、1つ言えるのは、中古に手を入れて良い物にしたら、良いものの価値は高いよね、という考え方については、ほぼみんな合意できると思います。問題なのは、それをいくらで評価していいかが分からない、というところで立ち止まっています。
―――築年数と相場で価値が決められてしまうケースが一般的です。
古くてもいいものはいい、という評価の方法、これは収益物件では先行しています。というのも、収益物件の価値は家賃収入を元にして出てきます。新築だとしても家賃収入がなければ価値は低く、価格は安い。しかし、古くたって家賃が取れる収益性があれば価値は高く、価格も高い。今年よりも来年、家賃収入が増えれば、物は古くなっていても収益性が上がったので、価格は高くなる。収益物件の評価は、家が新しいとか古いとかは関係がない。その家を借りたいと評価する人たちがどれだけいるかが問題です。
―――しかし一般住宅はそのような評価は、あまり使われていません。
一般住宅は相場で売り買いしてきました。相場は古い建物に価値は見いだしません。そこで思考停止していました。これからはその思考が始まると思います。古くても手を入れて良くなれば価値は高いし、それを買ってもいいという人が出てくるのであれば、それはやらないよりはやった方がいいという風に。そういうものが一つ一つ段階を踏んで進んでいくでしょう。
―――例えばアメリカでは、キッチンをリフォームしたらそのコスト分の一定の割合が資産として評価される方法が採用されています。
そのような、直せば価値が上がるという、コストアプローチもしていかなければなりません。また、この家があと何年使えるのかという使用価値も大事になってくると思います。家が何年経っているかではなく、あと何年これから使えるかということです。家を使うことができる将来の時間の価値を算定して売買の値段にする。したがって、リフォームしたことによって、使える時間がどれだけ伸びたかということが価値になるわけです。例えば、30年経っている住宅があったとします。これが、リフォームしてよく手入れされている。鑑定士が鑑定した結果、性能が高まったことで「実質経過年数」は10年、というように判断する評価があります。家の経過時間を実態に応じて加減します。この判断は鑑定士がやっています。
産業革命で栄えたころの工場を分譲マンションに再生しているようす。価値を失った建物に、リフォームでもう一度価値を吹き込む。(英国・ソリティア、中城康彦教授撮影)
―――築年数が若がえるという考え方ですね。
実質経過年数はエフェクティブエイジという言葉を訳したものです。リフォームすれば、若返るから価値が上がる。何度でも若返り、直せば永久に使うことができます。 住宅は事実として、時が一刻一刻進んでいき、やがて死を迎えます。つまり、耐用年数が終わり解体を迎える。この考え方は、メンテナンスすれば死に至る時間を伸ばすもの。実質が若ければ高く売れます。だからみんな若返り効果をねらって手入れするわけです。
―――人間でも実際の年齢と健康年齢というものがありますが、それと似ています。
日本では、住宅が死へと進んでいくワンウェイなんですが、アメリカは直せば戻る。これによって手入れをしている人と、していない人の差が出てきてしまう。若返りの判断はとても難しいけれど、理論的にそれが一番正しい答えが出ると思っています。これですとお化粧を直しただけのリフォーム1000万円と、若返らせて耐久年数を伸ばす1000万円のリフォームでは違う結果が出てきます。もちろんお化粧も必要ですが、あと何年使えるということにどれだけ工事が寄与したかということの方が分かりやすいですよね。
―――リフォームすれば若返るというのは夢がありますよね。コンディションが良い家には価値がある。それと、立地、エリアというのも価値に大きく関わってきますよね。
エリアは大事です。例えば大きな木がうっそうと生えていて自然が豊かなお屋敷街があるとします。このようなエリアに住む方々は、住環境が豊かという価値を共有して住んでいます。だから例えば隣の家の人がいきなり、全部木を切ってしまうようなことはなく、こういう環境はこれから先もずっと守られていく、という信頼感があるんです。家は一軒だけが良くてもいいと言えず、同じような雰囲気の家が、連担してつくり出す豊かな環境の住宅街の一角としてあるということで価値になるんです。いくら自分の家をきちんと手入れしても、回りが無秩序で将来が悲観的な環境だと価値が崩れるんです。
築120~130年の住宅が現役で使われている。地域をマネジメントする会社があり、前庭の緑などを統一的に管理。エリアの価値を高めている。(英国・ポートサンライト、中城康彦教授撮影)
住宅購入を投資と考える米英
国は今の4兆円という中古住宅流通市場規模を2020年までに2倍の8兆円にする方針。リフォーム市場も6兆円から12兆円へと倍増させる方針を打ち出しており、中古の流通がリフォーム市場の活性化にもつながると期待されている。
―――中古住宅流通数は今後どれくらい増えていくんでしょうか。
そうですね、ボリュームの予測は大変難しいですし、東京オリンピックという新しい要素も入ったので、2020年に今の3倍は優に超えていけるでしょうね。国の方も流通を契機にしてリフォームするというのを念頭に置いていますが、私もそうだと思います。リフォームは売り主、買い主、業者の誰がするのかはさまざまですが、流通を契機にリフォームするのは、個人としても大事だし、社会のストックの質を上げるという意味でも大事です。質を上げるのは、この流通時がチャンス。
―――日本人は家を買うときは終の棲家(ついのすみか)という意識が強いと思いますが、これからは住み替えも増えていくのでしょうか。
買い替えはしていくと思います。理由の1つは高齢化社会、あるいは長寿社会といえばいいのでしょうか。リタイアして定年を迎えるご夫婦は、第2の人生の自己実現ということを強く意識していると思いますので、今ある家を売って田舎に行って畑をやろうかという方もいると思います。その他にも、余っている子供の部屋があるなら、そのままにしていくわけにもいかないので、戸建てからマンションというコンパクトなところに住み替えたり。そのライフステージに合った住宅に住もうという考え方です。転売差益が出れば、旅行しようかとか、そういう考えもあるでしょう。自分のライフステージに合った住まいに住み替えるのがクレバーなんだという風になっていく。そうなると、住宅をメンテナンスしていると、次の手を打ちやすい、という環境になって、より流通が増えていくと思います。
―――転売差益という話がありましたが、米英では中古やリフォームが評価される土台があるので、3回も4回も買い替えていくと聞きます。
アメリカでは住宅を買うことは投資です。投資ならぜったいリターンを取るという発想。だからマーケットを見ながらリフォームしたりもします。コンディションが大事なので、気の利いた人は家をきれいにして売る。中には、あえてメンテナンスの悪い家を買って、きれいにして売ることもあります。つまり、マイホームを使った不動産投資をしている。でも、日本は消費財という考え方が強い。
―――日本はバブルの前までは、投資という感覚がなくても、買っただけでどんどんと価値が上がっていきました。
買うことが投資でした。特に努力しなくても上がっていきましたからね。これからは努力をした人の家は価値が上がって、そうでない人は下がるという、努力が資産価値に反映される社会に変わっていくと思います。
≪プロフィール≫
1954年、高知県生まれ。1979年名古屋工業大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。福手武夫建築都市計画事務所、財団法人日本不動産研究所、Varnz America.1ncを経て、92年スペースフロンティア代表取締役就任。2003年に明海大学不動産学部教授に就任。2012年より現職。

最新記事
この記事を読んでいる方は、こんな記事を読んでいます。
- 1665号(2025/09/15発行)26面
- 1664号(2025/09/08発行)15面
- 1663号(2025/09/01発行)9面
- 1662号(2025/08/25発行)25面
- 1662号(2025/08/25発行)19面