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温暖な地域ほど病死や入浴死リスク高い?!

温暖な地域ほど病死や入浴死リスク高い?!

北海道大学 大学院工学研究院 建築環境学研究室
羽山 広文 教授
1071号 (2013/05/07発行) 12~13面
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北海道大学 大学院工学研究院 建築環境学研究室 羽山広文 教授

北海道大学 大学院工学研究院 建築環境学研究室 羽山 広文 教授


1955年北海道生まれ。1978年北海道大学工学部建築工学科卒業、1980年同大学大学院工学研究科建築工学専攻修了、日本電信電話公社に入社。日本電信電話(株)、NTTファシリティーズ研究開発部を経て、1998年同大学院助教授に就任。2009年より教授、現在に至る。

◆スペシャルインタビュー◆

 冬の寒さに備える北海道や東北の住宅は、関東以南の住宅に比べて、心臓病や脳卒中、ヒートショックによる入浴死のリスクが低い―。北海道大学大学院・建築環境学研究室の羽山広文教授はこう指摘する。同教授は住宅、気象、健康をキーワードにデータベースを開発し、気象条件の異なる全国各地の住宅と健康の関係を分析。冬に死亡率が高まる病気や入浴死を予防するには、高断熱・高気密の〝寒さに強い家〟が効果的、と訴えている。 

≪ 聞き手:本紙社長 加覧光次郎 ≫

劣悪だった公務員宿舎の温熱環境

 ――先生は、冬に死亡率が高い病気や事故と住宅、気象状況の因果関係を調べておられます。きっかけは、1998年に北大助教授として故郷の札幌に戻ってきたときの体験によるそうですね。 北大の当時の公務員宿舎は、浴室で凍結事故が起こるほど室温が低く、押し入れの床板が変形するほどの結露がありました。しかも家具と壁の間にはカビの大群。当時は国立大学でしたから、公務員宿舎のつくりは全国共通で、北海道だからといって高断熱にはなっていませんでした。ちょうど同じ年の冬に、札幌在住の義父が脳梗塞で倒れ、1年間の闘病の末、意識が回復することなく亡くなりました。義父の家も、廊下や浴室は寒かった。私が学生時代に学んだ環境建築学が、一般の住宅にまでは普及していなかったことを痛感しました。

 ――日本における気象の変化と健康の関係は、いつごろから研究が始まっていたのでしょうか。
 「有名人は冬死ぬ」という言葉があります。1960年代に「季節病カレンダー」を作った、気象学者の籾山政子先生の言葉です。季節病カレンダーとは、病気の発生や死亡と、気象条件との因果関係を分析し、季節ごとに死亡率の高い病気を明らかにしたものです。籾山先生は、冬の寒さは、夏の暑さ以上に、人間の体に対して深刻な影響を与えることを指摘しました。また、将来的な課題として、日本でも欧州のように高齢化が進めば、心臓病や脳卒中などの生活習慣病は冬にますます集中する、と警告しました。

 ――籾山先生は今から50年前に、日本はやがて高齢社会になり、冬に死亡率が高い病気の対策が必要になる、と考えていらしたのですね。 高齢者は、寒さに対する適応力が低いので、住宅の温熱環境の改善が急務です。高齢になると、もう先が短いから、といってリフォームには消極的になりがちです。しかし、浴室やトイレの水回りは比較的安価で改修できます。健康と安全のために、住環境を改善することの価値を、消費者に分かりやすく伝えていきたいと思っています。

気象と健康、住宅の関係をデータ化

――英国では、国民の健康状態と、住宅の状況を関連付けてデータベース化し、危険な住宅は強制的に改修命令を出して改善しています。日本では、住宅と健康の関連付けが遅れているように見えます。
 高齢化の進む日本でも、寒くなると病気や死亡事故がどのくらい増えるのか、それが住宅とどう関係するのかを検討することが必要だと思います。私の研究では、「日本列島に寒波が近づき、気温が下がると、病気が悪化し亡くなる方も増える」との予測を立て、寒波が来て何日目に亡くなる比率が高いのかを分析しています。使ったデータは、まず、亡くなった方の情報として、厚労省の人口動態統計データ死亡票を使用しました。7年間分、約800万人の亡くなった方の性別、死亡時刻、死亡場所などが記録されています。次に、寒波の到来などが分かる気象データとして、アメダスの全国800カ所以上のデータを使用しました。

 ――住宅に関してのデータは。
 総務省の住宅土地統計データを採用しました。これは国勢調査に基づいたデータで、例えば、断熱や結露防止工事の実施率、ペアガラスの住宅の比率、鉄筋コンクリート造の割合など、建物の性能に関する情報が載っています。十分なデータとは言えない面もありますが、これで住宅の新旧、室内構造などがおおよそ判断できます。

 ――この3つのデータを関連付けると、どんな傾向が分かるのですか。
 寒さと死亡率の関係を都道府県別に判定し、順位付けしました。表1、表2は、外気温度が1度低下した時に、その地域における人口10万人当たりの死亡率の変化量を求め、外気温による影響の大きな地域(表1)と、影響の小さな地域(表2)を順位付けしたものです。これで見えてきた傾向は、冬の死亡率は寒い地域の方が必ずしも高い訳ではない、ということです。心疾患については、四国地方の愛媛県や関西の和歌山県、脳血管疾患については九州の鹿児島県や東海地方の静岡県など、温暖な地域の方が、冬に死亡するリスクが高いことが分かってきました。呼吸器系疾患、いわゆる肺炎についても、九州や四国など、温暖な地域で死亡リスクが高いのです。

 ――それは意外な結果です。冬に死亡者数が増えると言われている、入浴中の事故死については。
 不慮の溺死・溺水、いわゆる入浴死は、12月と1月に起こるケースが圧倒的に多いことが分かっています(図1)。地域別に見ると、冬の死亡リスクが高い地域は、福岡県、神奈川県などです。

 ――逆に、冬の死亡リスクの低い県は。
 心疾患と脳血管疾患については、冬の寒さによる死亡リスクが最も低いのは北海道であることが分かりました。北海道は、入浴死の死亡率も低いです。意外かもしれませんが、北海道に限らず、青森、秋田、新潟、石川、富山など、東北や北陸の寒い地域の方が、冬の死亡リスクは低い、という結果です。寒い地域は、高断熱・高気密が特徴の住宅が多いことに関係している、と思います。

 ――北海道が、心疾患と脳血管疾患の死亡リスクが最も寒さに依存しない、というのは意外な結果です。北海道で生まれ育った人が寒さに強い、ということではなく、寒さに強い住環境が関係しているということですね。
 そうだと思います。私は北海道の札幌生まれですが、非常に寒がりです。関東に18年間、住んでいましたが、冬に関東に行くと、家の中がとても寒いと感じます。

 ――先生の分析で、一番リスクの高い地域はどこですか。
 北関東の栃木県が心疾患、脳血管疾患の2つで、最もリスクが高い地域という結果です。

 ――栃木県ですか。先生が「家の中が寒い」と感じる、関東地方ですね。
 栃木県は山間部が多く、冬の寒さが厳しい地域ですが、寒さに対応できる住宅がまだ多くない、という可能性があるかもしれません。冬の寒さが死亡リスクを高めることを、栃木県の人たちにもっと知ってほしい、と思います。

最低室温5度の住宅には危険が潜む

 ――北海道や東北の寒さに強い住宅と、冬の死亡率が低いことの関係は。
 1つには、冬の温熱環境が優れていることが関係していると思います。北海道の場合、次世代省エネ基準がⅠ地域ですので、熱損失係数(Q値)が1.6W/㎡Kと高断熱です。この数値をクリアしている住宅では、冬でも室温が下がらず、快適に過ごせます。入浴中の溺死と関係があると言われる脱衣室の気温も、居間と同じくらいの室温です。北海道や東北の住宅で、冬でも脱衣室が温かいのは、給湯用のボイラーが凍結防止のために室内、主に洗面所に置かれているためです。お風呂にお湯をいれるとボイラーが燃焼し、放熱するので洗面所や脱衣室も暖かくなります。

 ――比較的温暖な地域の住宅で、死亡リスクが高くなる理由は何が考えられますか。
 温暖な地域の住宅は、冬の最低室温がかなり低いことが、理由の1つに考えられます。全国の住宅の室温を調べた結果があるのですが、関東、関西、九州の住宅では、冬の最低室温が5度の家が多かったのです。北海道や東北と違い、日本の一般的な住宅は、脱衣室やトイレなどを暖めることはあまりありません。衣服を脱ぐ部屋の室温が低いですね。ですから、冬の最低室温が低い住宅では、暖房する部屋と、暖房しない部屋との温度差が大きく、ヒートショックが起こる危険性が潜んでいると言えます。

 ――最低室度が5度、というのは、健康には良くないですね。
 入浴中の溺死を予防するには、部屋の温度差が、入浴前後の血圧にどれくらい影響するか、を知っていただく必要があります。私は福井市で講演する機会があり、福井市民にご協力いただいて、入浴前に居間と脱衣室で、また入浴後に居間に戻ってから、血圧を測っていただきました。福井市の住宅では、居間より脱衣室の温度が平均で15度も低いのです。この調査でも、居間にいるときと脱衣所にいるときでは、血圧値が50ミリHgも変動する人が多かった。血圧測定にご協力いただいた福井市民の方に湯温計をプレゼントし、「血圧とお風呂の温度に注意してくださいね」と話しました。

北海道の住宅に学ぶ「温度のバリアフリー」

 ――調査の過程で苦労した点は何ですか。
 住宅内で起きるけがや病気の状況を正確に把握するため、初めは、消防庁などが持っている救急搬送データを使っていました。救急車による搬送の場合は、病気やけがの種類や程度について、詳細な記録が残っています。ところが、救急隊員が現場に駆けつけても、明らかに死亡している、蘇生の余地がないと判断された遺体については、救急隊員は病院に運ばず、監察医の先生が死亡を確認します。つまり、搬送データに載っていない死亡事案があるということが分かり、これは使えない、と判断しました。一方、今使っている人口動態統計データ死亡票の場合、死亡した方のデータのみなので、現在は治療中という人のデータがありません。ですから、ヒートショックで入浴中に倒れ、救急車で運ばれたが命は助かった、というような患者さんのケースは反映されていません。

―――本来は、そういう患者さんのデータも必要ですね。
 また、救急病院の先生に、救急搬送された患者さんの住宅の室温を測定したい、と相談に行ったこともあります。これについては、元気になって退院した患者さんの場合は協力していただけるのですが、治療しても寝たきりの方や、死亡した方のご家族の協力は得られないのが現実です。

 ――日本の住宅を良くしていくには、消費者が住宅にもっと関心を持ち、住宅性能に詳しくなることが必要です。多くの日本人は、健康なうちは、「冬は寒いものだから家の中も寒くて当たり前」とか、「暖かい部屋にずっといると、体がなまる。寒い方が鍛えられる」と考える人がまだまだいるようです。
 寒さに対するトレーニングは、屋外で体を鍛えることであって、家の中で寒さを我慢することではありません。1軒の家に寒い所と暖かい所がある方が健康にいい、という保証は全然ありません。むしろヒートショックによる入浴死のリスクが高まることは、私のデータでも明らかです。住宅における「温度のバリアフリー」を誰もが配慮するように、私も調査と啓発を続けていきたいと思います。

この記事の関連キーワード : ヒートショック 事故 北海道 北海道大学 死亡率 温熱 脳卒中

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